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1996年7月の宇和高校野球部

投稿日:2011年6月17日 更新日:


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パソコンをいじっていたら懐かしい写真を発見したので、思い出話を。

1996年7月 宇和高校野球部は『夏』の大会1回戦で、長浜高校と対戦。
この写真は、愛媛新聞に掲載された当時の写真です。1死満塁で5番和氣。三塁手の頭を超える二塁打を放った場面。

その時の先発オーダーが、
①二 岩本(3年) ②三 兵頭(3年) ③投 脇田(3年) ④中 西村(3年) ⑤捕 和氣(2年) ⑥左 田中(3年) ⑦一 上甲(3年) ⑧右 西口(2年) ⑨遊 川上(2年)
(15年前の記憶なのであいまいです)

兵頭は、現在宇和高校野球部の監督さんです(三塁走者)。和氣はもちろんワケスポ店長。

この年の宇和高校は、1回戦 長浜高校に7回コールド勝ち。2回戦 伊予高校に3-0完封勝ち。3回戦 松山東に7回コールド負け。3回戦止まりでした。

2回戦の伊予高校は熱戦でした。
1回 伊予打線に宇和のエース脇田がつかまります。いきなり先頭打者の渡森から三連打を浴びて、0死満塁の大ピンチ。4番を三振に打ち取ったり、5番を4-2-3のホームゲッツーでピンチを切り抜けました。この試合はこのプレーが一番のポイント。ワケスポ店長の記憶ではホームゲッツーを決まったのはこれが初めて。
伊予高校のエースは左腕伊賀上。120km中盤のストレートを右打者のインコースにズバッと攻めるスタイル。かなり打ちあぐねていました。3回までに6三振だったと思います。
4回 ワケスポ店長が人生初のホームランを放って先制。その後、少ないチャンスをものにして、勝利!
試合後は、南海放送のインタビューを受けました。アナウンサーは現松山市長の野地さんでした。インタビュー慣れなんかしていていないので、試合より緊張したかも・・・。
自慢話になっちゃいましたね。

3回戦の松山東高校戦では、いつもの負け試合の展開に。今のように高速道路は整備されていないので、泊りの遠征になれておらず、体力的にも精神的にも試合をやる前から負けていた感じでしたね。

この年の『夏』にちょっとした縁が。
当時の宇和高校野球部の監督さんは加藤先生。現在、宇和島東高校で講師をされています。ワケスポ店長が東高に行くとたまに会います。また、当時の部長さんは中岡先生。現在は、八幡浜高校野球部の監督さんです。
伊予高校の渡森君はワケスポ店長と遠い親戚。現在、渡森君は松山市内でお好み焼き店を営んでおります。いまでも、宇和との試合をもう一回やりたいとか・・・。
松山東高校の当時の監督さんは、今年宇和高校に教頭先生として赴任してこられた渡辺先生。

夏が近づくと勝って大喜びしたこと、負けて大泣きしたことを思い出します。
この『夏』の高校球児はどんな思い出ができるのか?運命の抽選日は6月26日(日)です。

長くなったので、ワケスポ店長の最後の『夏』の話はまた後日。

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和氣 宗一郎

代表取締役社長株式会社道後屋ワケスポーツ
愛媛県西予市宇和町生まれ。 硬式少年野球ボーイズリーグ「宇和フラワー」(現 宇和ボーイズ)、宇和中学校軟式野球部、宇和高校野球部と12年間野球三昧。 1年間の大学浪人生活を経て、関西学院大学に入学。卒業後は大手都市銀行に就職するが母の病気を機に1年半で退職し、平成16(2003)年に実家である株式会社道後屋ワケスポーツを継ぐ。 最も得意なスポーツはやっぱり野球。特にグラブ修理・スパイク修理に関しては自信があります!本業のかたわら母校の指導を行っていた時期もありました。 また、「スポーツを通じて、明るい活気のある人づくり・地域づくりに貢献する」をモットーに「四国西予ジオパーク」の活動や西予市商工会青年部の活動にも力を入れています。

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